ダーツは押すのか?引くのか?

ダーツをやっていると、
必ず一度は耳にする話があります。

「ダーツは押すんだ」
「いや、引く感覚が正しい」

どちらが正解なのか。
私自身も、長い間この問いの中を行き来してきました。

押そうとすると、力は伝わる気がする。
引く意識を持つと、フォームは安定する気がする。

でも、どちらか一方に決めきると、
なぜか違和感が残る。

なぜ、この議論は終わらないのか

押す派の言っていることも分かる。
引く派の言っていることも分かる。

それなのに、
この議論はいつまでも噛み合わない。

ある時、ふと違和感を持ちました。

これは本当に
「押すか」「引くか」の問題なのだろうか?

意識の基準点という考え方

その違和感の正体は、
「意識をどこに置いているか」にありました。

今日は、話をシンプルにするため
肘だけで考えてみます。

肘に意識を置いたときに起きていること

スロー中、
意識を肘に置いているとします。

腕を手前に倒し切り返し直後の感覚は
「引いている」
と感じやすい。

ところが、
肘よりも前腕がほんの少しでも先(ターゲット側)に出た瞬間、
感覚が切り替わります。

今度は、
「押している」
と感じる。

フォームは大きく変えていないのに、
感覚だけが切り替わる。

今日の気づき

このとき気づいたのは、
押す・引くという感覚は、
動作そのものではなく

意識の基準点と、その先に出た身体パーツとの関係で
生まれているのではないか、ということです。

意識を置いている場所より
身体のパーツが手前にあれば
「引いている」と感じる。

先に出れば
「押している」と感じる。

つまり、
押すか、引くかは
絶対的な正解ではなく、
感じ方の問題でもある。

だから、この議論は噛み合わない

「ダーツは押すのか?引くのか?」

この問いは、
意識の基準点が揃っていないまま
語られることがほとんどです。

前提が違えば、
答えが噛み合わないのは当然です。

私は、
この議論そのものが間違っている
とは思いません。

ただ、
共通の前提なしに論じるのは
少しナンセンスだと感じています。

今日の問い

ダーツは押すのか?
それとも引くのか?

その前に、
ひとつ考えてみてほしいことがあります。

あなたは、
どこに意識を置いて投げていますか?

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